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ダージリン!
行ってみなければ分からない事が有る!
2012年11月のツアー募集を開始しました
世界で最高といわれている紅茶はダージリンの紅茶です。
では、どうしてダージリンが世界で最も高い評価を受けているのでしょうか。
日本では、
「紅茶はアッサム種でなければならない。」
「アッサム種の茶樹が紅茶に向いている。」
「紅茶はタンニンが多くなければダメだ。」
そう言われています。
でも、本当にそうなんでしょうか?
世界最高の評価を受けているダージリンの紅茶は、実は、アッサム種の茶樹ではなく、中国種の茶樹で作られているのです。
基本的に日本と同じ中国種の茶樹なのです。
そしてダージリンの茶園マネージャーは中国種で作ったことを誇らしげに、「CHINA」と表示しているのです。
ダージリン・ウバ・キーマン
世界三大紅茶 と呼ばれているこれらの紅茶は、すべて、基本的に中国種の茶樹から作られています。
世界の常識は、「中国種が、高級紅茶」なのです。
日本と同じ中国種の茶樹なのです。
ならばどうして日本でダージリンのような紅茶が出来ないのか!?
「ダージリンには長い中国種の茶樹の歴史があるから。」
本当にそうでしょうか?
インドに中国種の茶樹が入ったのは1834年のことです。
1833年、東インド会社の中国茶貿易の独占が解除され、民間が中国茶貿易に乗り出してきたことにより危機感を覚えた東インド会社は中国から茶樹の種を輸入し、コルカタで2万4千本の苗木に育て、インド各地の栽培できそうな所へと送り、そこからインドの茶業が始まっています。
つまり、インドにおける中国種の茶樹の歴史は、たった177年しかありません。
日本では、弘仁六年四月二十二日(西暦815年6月7日)大僧正 永忠が嵯峨天皇に茶を煎じて奉じています。
日本には、少なくとも1,200年以上の中国種の茶樹の歴史があります。
日本の遺伝資産はインドの中国種の茶樹とは比較になりません。
日本には、ダージリンを越える品質の紅茶を作ることが出来る茶樹が、必ずあります。
それなのに、何故、日本では美味しい紅茶が出来ていないのか?
それは日本が、「紅茶にはアッサム種が向いている。」「紅茶はアッサム種でなければならない。」と、思い込んでしまったからです。
明治政府は日本を世界の列強と並ぶ国にするため、輸出を奨励します。
そこで目を付けたのは、生糸 と お茶 でした。
当時まだ緑茶中心だったアメリカを中心に輸出され、世界の茶の最大輸出国が日本だった年もあるくらい大量の緑茶が輸出され、外貨を稼いでいました。
しかし、世界のお茶の需要は 緑茶から紅茶へ 変わりつつありました。
それもイギリス人が好む ミルクティーへ と。
ミルクティーにして美味しい紅茶は、タンニンをたっぷり含んだアッサム種の茶樹から作られる紅茶です。
特にしっかりと抽出できるCTC製法で作られた紅茶は、まさにイギリス人好みのミルクティーに向く最高の紅茶です。
つまり、富国強兵のための、国策としての輸出用紅茶はアッサム種でなければなりませんでした。
そのため、中国、ダージリン、アッサム等世界の主な紅茶産地に派遣された 多田元吉 が インドから持ち帰ったアッサム種を元に品種改良がなされ、世界に誇るべきアッサム系の「べにほまれ」「はつもみじ」「べにふうき」等の寒冷地でも育つ茶品種が作られたのです。
しかし、多田元吉自身は、「山茶で、インド式で作れ!」としか言っていません。
これは、「中国種の茶樹を使って、インド式製茶方法で作れ!」ということです。
つまりこれは、「ダージリン式で作れ!!」 という事に他なりません。
多田元吉は、ダージリンの紅茶が世界最高の紅茶となる事を見越していたのです。
では、何故? 多田元吉はインドからアッサム種を持ち帰ったのか?
それは簡単な話で、多田元吉がインドを1876年、インドの中国種の歴史はまだ、たったの43年しか無かったのです。
それに比べ、日本の中国種の歴史は1100年もありました。
つまり、インドには多額の費用をかけてまで持ち帰るべき中国種は皆無だったのです。
中国種に比べてアッサム種の茶樹は日本には無いものでした。
ですから日本に無い遺伝資産を得るためにアッサム種の茶樹だけを持ち帰ったのです。
中国、ダージリン、アッサムと、世界の紅茶産地をつぶさに見て回った多田元吉の結論は、「日本の気候には中国種が適している。」「中国種の紅茶の評価は非常に高い。」「中国式よりインド式の製茶方法の方が優れている。」でした。
今、国産の紅茶は、富国強兵のための輸出産品では無いですよね。
ミルクティーしか飲まないイギリス人がターゲットでは無いですよね。
国産紅茶は、紅茶をストレートで飲む日本人がターゲットですよね。
そして、人件費の高い日本では、高価格で売れなければ困る事になりますよね。
という事は、日本の紅茶は世界最高のダージリンを越えるしか生き残る道は無いことになります。
ダージリン紅茶を越える事は可能か?
可能です!
ダージリンの町の標高は2,300mです。
夜は真夏でも上着が必要なほど寒いところです。
日本の気候がダージリンに負けていますか?
インドの中国種の歴史は、177年。
日本の中国種の歴史は、1,200年。
茶樹の遺伝資産で負けていますか?
在来種の畑は、紅茶用品種の宝庫です!
あとは創意と努力です。
日本人の得意な 創意と努力 です。
そのための第一歩は、多田元吉の見てきたダージリンを、その目で見ることです。
多田元吉が肌で感じたダージリンの温度を、天候を、空気をその肌で知ることです。
その目で、ダージリンの製茶方法を見ることから始まります。
Liyn-an と大陸旅遊は 2012年11月にダージリン旅行を企画しています。
さぁ、ダージリンへ出かけましょう。
ダージリン茶園ツアーのお問い合わせ・お申込はこちらへ ![]()

文責 世界最高の国産紅茶を夢見る男
紅茶専門店 TEAS Liyn-an 店主 堀田信幸
堀田信幸 略歴:
中部工業大学 工学部 機械工学科卒
マスプロ電工(株)にて23年間、開発を担当し、1998年 紅茶専門店 TEAS Liyn-an を開業、インド、スリランカ等から紅茶を輸入販売し、現在に至る。
エンジニアとして紅茶を見つめ、愛知県食品工業技術センターと「紅茶抽出条件の違いが官能特性に及ぼす影響」というテーマで共同研究をおこない2011年度茶業技術研究発表会にてその成果を発表。紅茶の美味しさにはデータに基づいた独自理論を持つ。
執筆活動
- 平成14年 機関誌『国際協力』:国際協力事業団(JICA)
2月号 特集 紅茶は世界を巡る「インド・アッサムから紅茶園を訪ねる」
- 平成22年 月間『茶』:静岡県 茶業会議所
10月号 私の見た紅茶生産の現状 「スリランカ編」 11月号 私の見た紅茶生産の現状 「インド編」